人生楽ありゃ苦もあるさ

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22: 名無しさん@おーぷん 2015/09/28(月)10:56:17 ID:DBi
学生時代に芸能人の同級生がいたんだが、体が弱くよく教室の隅っこで座ってた。

それのどこが神経分からんのかというと、体調が悪いのに保健室に行かないんだよね…自分の机で
けだるげに座ってるだけ。
女子高だから割と休み時間とかうるさくおしゃべりしてるのね、だから体調が悪いなら保健室に行く方がいいと思うんだ。
病気の人がいるなら気も使うけど(あの子今日しんどいみたいだから近くで煩くしないでおこうとか)仕事がない日で学校に来てる
日は常にしんどそう…そうなると何人かが担任に持病でもあるのかと尋ねるけどそれも無し。

もともと、体が丈夫じゃないだけでさらに仕事があるから気怠いだけじゃないかと…。
もうそういう学校に行ったらと思った。普通の学校だったしね、日焼けするんで体育の授業できないんですーとかで休まれたら特別扱いしてるみたいで
面白くないしね。授業中に倒れたことも一回や二回じゃない、そのたびに授業が中断されたなぁ。
当然、体育祭とか文化祭のややこしい準備も免責されてたし。それで当日楽しそうに友人と校内を回ってたらいらっともする。

私はタダのクラスメイトだから詳しく話をしてるわけじゃないし、芸能界に興味もなかったからそうでもなかったが、その年頃だと
野次馬根性でのぞきに来る別クラスの子もいてこっちもはっきり言って迷惑。

体調不良なら、仕事無くて学校に来れる日でも休みなさい。誰がダメなら保健室に行きなさい。
担任がそう注意してるのを見たこともある。

なんだろう、何が彼女をそこまでして一般の学校に来させたのか分からない。

結局、学校を辞めたし体調不良で…芸能関係の仕事をしているなら特別扱いをしてくれると
思ったんだろうか…。常識的に考えて無理だろう、私立だったから一人を特別扱いしたら学校の威信にかかわって
次年度の入学人数が減る。数千万単位で寄付してるとかならわからないけど。
今も十代の女性がテレビに出ていて一般の学校に通ってるんですーと言っている人が出てるのをみると
生徒にも本人にもいいことないから芸能学校にいっとけと一人でツッコミしてる。

【同じクラスに体の弱い芸能人がいた。体調が悪くても保健室に行かず、教室で座っているだけ】の続きを読む

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253: 名無しさん@おーぷん 2016/11/04(金)23:43:28 ID:PW3
父が脳出血で急逝した。
母のことが大好きな父だった。仕事の虫だったが、年に一度必ず家族旅行に連れていってくれた。
私たち兄妹の進路について真剣に相談に乗ってくれる、真面目な人だった。
後1年で退職することとなり、倒れる1ヶ月前の正月に家族で集まったとき、
「退職金は、母さんと二人きりの世界一周旅行に使うからな、お前らは期待するなよw」
と言いつつ、すでに一人立ちしている私たちにお年玉をくれるような人だった。
父の葬儀が終わるまでは気丈に振る舞っていた母だったが、49日法要が終わり納骨が済んだとたんに心労で倒れ、
しばらく兄夫婦の家で面倒を見てもらうことになった。
私は、父の遺産や遺品の整理を任されたため、休みの度に実家に帰り、家の整理を行っていた。
面倒なお金の処理が終わり、父の書斎を片付けていたときだった。
本棚の奥に、何か隠されていることに気がついた。
本を全て避けてみると、隠されていたのは古いAVだった。
古くさいVHSのパッケージが、10本以上。
あちゃーと思いつつ、あの真面目な父がねぇ、とおかしくもあった。
興味があり見てみると、全て同じ女優さんのAV。そしてその女優、なんか見たことがある。
顔や体にある特徴にデジャブを感じる。
母だった。
それに気がついたとき、修羅場だった。
これは隠さねばならないと段ボールに積めて自分の家に持ち帰ってしまったが、その後どう処分しようか頭を悩ませた。
ネットで女優の名前を検索すると、当時は売れっ子の女優だったらしい。
画像検索したら若いときの母の裸画像がずらーっと表示されて、orzとなった。
母は年のわりには若いし垢抜けているが、まさか過去にそんな仕事をしているなんて微塵にも感じなかった。
普通の、どこにでもいる主婦だったんだけどな。
ビデオを持っているってことは、父はもちろん知っていたんだろうけど…。
こんなこと誰にも相談できないし、母はまだ元気がなく聞けるような状況じゃない。
ほんと、たまにうわーって叫びたくなる。
あと、喪があける来春から婚約者と同棲するために引っ越すのだが、それまでにビデオをなんとかしなくてはならず、それも修羅場です。

【亡くなった父の遺品を整理していた時、若い頃の母が出演するAVを発見した】の続きを読む

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221: 名無しさん@おーぷん 2016/11/03(木)20:33:26 ID:tsw
自分の半生修羅場ばかりで今では開き直って笑うしかない。

母方祖母→ドイツハーフ(見た目ほとんど色白の日本人)
父方祖母→スイスハーフ(同上)
両親→見た目コテコテの日本人

1/8のドイツ遺伝子と1/8のスイス遺伝子が仕事したらしく、生まれた自分は銀髪青目。
両親の離婚騒動も、曾祖母2人のおかげで事なきを得る。(両祖母も初耳だったらしい)
なお、名前は普通のものになった。


小学校時代
髪と目の色でイジメ発生。教師が率先してやってたからどうしようもない。
事情を説明しても聞く耳持たず。
小2の頃からもうあきらめてた。(嫁曰く学校にいるときは死んだ魚の目をしてたらしい)
隣家の幼馴染の子が認めてくれてたのだけが癒し。


中学校時代
小学校時代とほぼ同じ。
英語の授業は苦痛でしかなかった。
隣家の幼馴染だけが癒し。


高校時代
比較的理解ある先生が多かったのでマシな生活。
2年の時、新しく赴任した生活指導に目をつけられる。
無理やり黒に染められ、数日してコーヒーゼリーみたいな頭髪になって「染めてんじゃねぇ!」とか無茶言われた。
2か月くらい続いてあまりのしつこさにうんざりして殴ってしまったが学校からはお咎めなし。
生活指導はどっかに行ってた(ほかにもセクハラとかいろいろやらかしてたらしい)
この件でなぜか不良に一目置かれてしまい肩身が狭くなった。
生物の教師には隔世遺伝の説明に使われた。
コーヒーゼリーな頭髪を見て幼馴染は大爆笑してた。

【欧州ハーフの曾祖母2人の血を受け継いだ俺は銀髪青目。学校ではいじめられ、就職にも苦労した】の続きを読む

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365: 名無しさん@おーぷん 2016/11/25(金)13:49:55 ID:3b0
生まれてから中3まで女の子として育てられてたた事。
うちは代々跡継ぎが女と決まってるんだけど残念ながら生まれたのが男だったからってのが理由らしい。
名前もミユキとかエリカみたいな完全な女性名。
実際自分自身も小学校2~3年生くらいまでは本当に女の子だと信じて疑わなかった。
フリルやリボン大好きだったし外でおいかけっこするより部屋でお店屋さんごっこや匂い消しゴムを見せ合いっこするのが楽しかったしディズニープリンセスになりたかったし誕生日に可愛いドレスを着せてもらえるのが心底嬉しかった。
保育園でも男の子の友達よりも圧倒的に女の子友達が多かった。
というより男の子達はガサツだし「う◯こwww」とか「ちんち◯www」みたいな言葉言って喜ぶしでぶっちゃけ嫌いだったんだと思う。
トイレも女の子用を使ってた。(これは親がなんか頼むか何かしてたからだと思うけど。)
小学校に上がってもやっぱり女の子と遊ぶ事のが多かったし楽しかった。
背中の真ん中あたりまで伸ばしてた髪の毛をみんなに可愛い素敵って言われるのがすごく嬉しかった。
けどある時上級生から「女にはちんち◯が無い。」って聞いてから不審に思い始めた。
自分は女の子なのにちんち◯がなんであるの?女の子達みんなちんち◯があるんじゃないの?って。
女の子友達にそれとなく聞いたらやっぱり誰も付いてなかった。女の子で付いてるのは自分だけだった。
悩んで悩んで悩んで、でも親に聞くのは何故か怖くて悩んでる事を忘れる事にした。
けど2年生に上がった頃に同級生から「名前女の子みたいだよね。可愛いから羨ましい。」って言われて、「だって女の子だもん。」って答えたら「違うよ!だっておちんち◯付いてるじゃん!」って言われてなんか絶望した。
ショックが大きすぎたのか、見事な10円ハゲが出来て1ヶ月くらい学校を休んだ。
親にも「悩んでる事があるなら言って。」と言われて、「なんで自分にはちんち◯があるの?女の子にはちんち◯ないはずなのに。」と暴露。
この時初めて、実は自分は男の子なんだと教えられた。
「私もあのガサツな男の子なの?イジワルしてくるあの子達の仲間なの?」って凹んだよ。もうベッコベコにw
ハゲが無くなって学校に戻ったら女の子友達はまた同じように遊んでくれたけど、なんとなく自分が自分で恥ずかしくなって距離置いてしまうようになった。
全く喋ったり遊んだりしないわけじゃないけど、それから卒業まではソフトな感じにぼっちで過ごした。
私はこのままじゃダメだと、中学では男の子として過ごそうと決意した。
頑張って「俺」って言ってみたし髪も坊主にしたけど結果としてはダメだった。
オカマとかキモ子とか言って3年間イジメられ続けた。
イジメも辛かったけど、髪を失ったのが辛かったし恥ずかしかった。
だいぶおさまったと思うけどたぶん未だに仕草や喋りが女っぽさが残ってると思う。
このまま死ぬまでキモ子なんだろうなと思うと死にたい。

【男なのに女名を付けられ、女の子として育てられた。27歳になった今でも女性的な雰囲気が出てしまう】の続きを読む

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111: 名無しさん@おーぷん 2014/10/16(木)09:25:25 ID:v9Tz8NqET
母方の祖父母が毒だった
何故か母の従姉(祖父の姉の娘)を可愛がり、母は母従姉の子分か奴隷のように扱われてたそうだ
祖母は祖父の言いなりで、祖父のいないところでは母を可愛がることもあったけど、祖父がいると一緒になって母を貶してたらしい
だから祖母が何か買ってくれても、いつの間にか母従姉に祖父がくれてやったり
父とは祖父母に無理やりお見合いさせられて結婚することになったそう
しかも、学生時代の父は母従姉に恋慕してたらしい…それを母従姉が母にと祖父母に話を持ちかけたそうだ
なんでそんなことを?と母に聞いたら、思いつきか特に理由はないんじゃないかと
それでも父は、結婚してからは誠実だったそうだ
私が成人する前に亡くなったけど、母は父と結婚できてよかったと言ってた

しかし祖父母の毒は私にも回ってきた
母従姉の娘(はとこ)を可愛がり、私には目もくれなかったんだが、年を取って弱くなると母と私にすがってきた
気前よく大伯母や母従姉・はとこにプレゼントを買い与え、お年玉・お祝い等々を渡しまくったせいで、お金もないんだと
だから自分らの面倒を見ろと
もちろん嫌だと断ったんだが、母はそれでも親だから、嫌でもなんとかしなければよそ様に迷惑がかかるから、と

しょうがないので私が引き取った
祖父母のボロ家よりさらにボロい山中の一軒家を買って、そこに放り込んだ
電話はナシ、テレビくらいしか楽しめるものがない場所に、一銭も持たせず二人きりで暮らしてもらうことにした
食料や生活必需品は定期的に持っていくが、私以外に誰か来ることもまずないので足腰の弱くなった老人では脱出も出来ない
別に監禁しているわけではなく、ただひたすら山道を歩けば国道に出れる
熊や猪はいるらしいが、私は見たことない
二人共泣きそうな顔ですがってきたが、はとこと居る時に私sageの悪口を聞かされたくらいしか思い出が無いので、気にせず帰った

引き取ったと時を同じくして母とお高いマンションに引っ越し
すると大伯母・母従姉・はとこ連中が、私達が祖父母の隠し財産を手に入れたと思って騒ぎ出した
お金に困ってないのは大金が入ったのとそれを元手に不労所得があるからだが、連中には通じないし、むしろそっちがバレる方が困る
なんせ父の保険金まで祖父母通して奪うような連中だ、不労所得とかがあれば蛭のように吸い付いてくるだろう
大伯母の死別した夫は資産家で、母従姉の夫(これも死別)も大手企業勤めだったのに、不思議なくらい母から何でも奪っていこうとする
私が祖父母を引き取ったことを怪しんで調べ、マンションの事も知ったらしい
親孝行と思って浮かれてうかつなことをしてしまった
だいたい遺産だったとしても連中に相続権なぞ無い

【母や私を虐待していた祖父母。面倒を見ることを断り、山中の不便な一軒家に祖父母を住まわせた】の続きを読む

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63: 名無しさん@おーぷん 2014/09/30(火)15:14:23 ID:tjX8kICjB
私が以前勤めていた会社は言葉には出さないが社内恋愛禁止で、ばれるとどちらかが飛ばされるので、
みんな必死になって隠してた。
かくいう私も、24から30まで同じ人とずっと内緒で付き合ってた。
30になった時気を付けてたけど妊娠してしまい、彼に妊娠してしまったことを話すと、彼に
わざと妊娠したと責められて、帰る時駅の階段でわざとぶつかられて階段から落ちてしまい、流産した。
会社の最寄り駅だったので、流産したことが会社にばれたうえ、彼が苦しんでる私を助けたヒーローになってた。
彼はそんな時に冷静に対応できたってことで、上司に目をかけられ、
逆に私は結婚もしないのに妊娠するゆるゆるな女ってレッテルを張られた。
それからは引き受けていた仕事のチーフを外されたりと散々だった。それでも私は会社を辞めても、
何の解決にもならないし、正社員の職を得るのは難しいだろうってことで歯を食いしばって頑張ってた。
彼からは子供もいなくなったし俺たち別れたほうがいいよな。のメールが一通が来ただけだった。
正直もうその時には彼のことが怖かったし、好きではなくなってたので、
いつか私よりもつらい目に合わせてやろうって思っただけで何もできなかった。
そして今年、彼の結婚が決まった。彼のことを気に入ってくれていた上司の姪っ子とでした。
結婚が決まった途端、彼怖くなったんだろうね。私に仕事が終わった後会ってほしい。ってメールが来ました。
もちろん会いましたよ。ICレコーダーもって。
彼「昔のことはすまなかった。」
私「昔のことって?はっきり言ってみて。」
彼「一方的に別れて。」
私「それだけ?」
彼「その子供のこととか。」
私「子供なんていませんけど。」
彼「いや、妊娠させてしまったこととか。」
私「そういえばあの時私にわざとぶつかったんだよね。よかったね。赤ちゃん死んでくれて。」
彼「いや、ほんとにわざとしたわけじゃ…」
私「でも私の上に居て人の波に逆らうみたいに降りてきて私にぶつかったよね。赤ちゃん死ねばいいと思ってたんでしょ。
それとも私が死ねばいいと思ってたのかなあ。」
彼「それだけはない。」
私「24から30まで付き合ってたらふつう赤ちゃんできたら責任取るよね。」
彼、机の上に封筒おいて「だからこれでなかったことにしてほしい。頼むから誰にも言わないでほしい。」
私「考えとく。」と言ってそのまま店を出た。こんなちょっとで許すはずがないだろバカ。
追いかけてこようとしたから、お店を出て肩に彼の手がかかった時に、「や~め~て~。」と叫びながら階段からダイブ。
ちゃんと受け身は取ったんですが、左肩の脱臼と鎖骨の骨折とアバラが2本折れました。
冬で厚着をしてなかったらやばかったかも。
でも今度は私が叫んだことで、堕ちるときの目撃者が大勢いたので、彼は傷害で警察に連れていかれました。
その後、彼は私を突き落したりしていないと言い張っていましたが(まあ実際に自分でダイブしたわけだが)
私は涙ながらにICレコーダーを出して、マヤってやりました。
3年前までお付き合いをしていたが、別れるために殺されかけてそれから怖くて疎遠にしていたが、
彼から呼び出されて、私が流産した子供の父親が自分だと誰にも言うなと言われ
怖くなってお店を出たら彼から突き落とされた。そう言っときました。
その後彼は逮捕され、彼の両親が入院しているところにやってきて、示談書にサインをしてほしいと言ってきたので、
今までの事情等をお話しし、お断りしておきました。
結局最終的には婚約不履行に対して500万、最初の流産に対する慰謝料で500万、そして今度の件で1000万いただきました。私の10年が2000万かと思うとなんか納得がいかないような気もしますが、
職場からも見舞金を結構いただきました。自分たちが私に対して不当なことをしていたという自覚があったんでしょうね。
その後会社は彼を解雇、結婚も破談、でも示談を早めにしたことが効いて起訴猶予で実家に帰っているそうです。
まあその後どうなっているかは知りません。
私もそろそろ就職活動を始めようと思います。
階段からのダイブはちょっとやりすぎたのかなと思わないでもないですが、捨て身でしたからこその復讐だったのかなとも思います。
端折ってるところもあるので、おかしなところは見逃してください。
長くなってしまってすいません。

引用元: ・本当にやった復讐 2

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60: 名無しさん@おーぷん 2014/09/30(火)09:06:38 ID:gThWb3VeI
携帯からで失礼、改行変だったら申し訳ないです。

俺の従姉妹のGJ話。
俺の叔母(父の妹)は、旦那の不倫で娘(俺の従姉妹)たちが10歳と6歳の時に離婚して母子3人で実家(俺の祖父母の家)に戻り、
家族のために働きながら、苦労はしていたようだが祖父が財産持ちだったこともあり、それなりに幸せに暮らしていた。
従姉妹の上の子(A)と下の子(B)は二人とも母に似てとても優しい良い子で、
Aと俺と俺の妹は年が近かったこともあり夏休みなんかにはよく遊んだし、
みんなで小さかったBの面倒をみたりなんかもして、4人仲の良いいとこ同士だった。

ABの住んでいた町は、夏になると三日間のわりと大きな祭りがある。
普段は寂れた町だけど、その三日間は都会に出ていった人もたくさん帰ってきて、
町全体が活気づいて本当に盛り上がるんだ。

けど、毎年その祭りの期間を狙って招かれざる客がABの家に襲来する。
それはもう他に身寄りがなくなった、祖母の叔母(90近く。ババァとする)とその息子(つまり祖母のイトコ、60過ぎ。マザコン)。
毎年毎年、ババァの突然の思いつきに逆らわない独身のマザコンの運転で3時間以上かけてやってきて、
AB家に到着する数十分前に「今から行くから」と連絡を寄こし、夕食の時間まで居座る。
祖母がいくら事前に連絡をしてほしいと言っても聞かない。
ババァの「今年が最後かもしれないから」という言葉を聞くと、祖母も強くは言えないらしい。
せめて当日の朝にでも連絡があったなら調整もできそうなものだが、
この非常識親子のせいで祖母は毎年楽しみにしている御神輿の行列を見られなくてしょんぼりしていることも何度かあったし、
祭日でせっかく仕事が休みなのに客人のもてなしで忙しくしていてかわいそうだと、
家族想いのAは小学生の時から腹を立てていた。

ババァがちょっとおかしいのはおボケになっているせいだと、
家族みんなまあしょうがないかくらいに考えていたが、このマザコン息子は本当におかしかった。
挨拶はまともにできないし、ババァを連れてきておいて自分はろくに話もせず態度も悪く、
出されたお茶菓子を貪り食う、突然姿を消したかと思えばパチンコへ行っていた…など。
それでも自分のイトコの旦那(俺の祖父ね)のことは怖いらしく、祖父の前ではおかしな言動も半分くらいになった。
さらにAが中学生になると、トイレに行くふりをしてAの部屋に入ろうとすることが何度かあった(毎回家族の誰かが気が付いて阻止、厳重注意)。
そんなことがあったもんだからAはマザコン息子のことが大嫌いだった。
ちなみにBは、Aが「わたしの影響で嫌いになったりしたら良くない」と言って気をつけていたようだが、
幼いながらにマザコンの異常性を察知して見事にアンチマザコンだった。笑

Aが高校2年の夏休み、祭りがあるので俺一家がAB家に招かれた。
都合がついた俺と俺の父でAB家に行くと、申し訳なさそうな顔の叔母が出迎えてくれて、
「あの人たちが来ることになっちゃって、ちょっとバタバタしてるけど…」
ということだったので、もてなしを手伝うということでお邪魔した。
まもなくして到着した非常識親子。
AB姉妹は揃って仏頂面だったが一応挨拶をするため居間に出てきていた。
今回もやはりろくに挨拶をしないマザコンに、二人して顔をしかめていたのを見て笑いそうになったw
祖父は祭りの実行委員みたいなのの仕事があって、この日は家にいなかった。
それでマザコンは調子に乗ったんだろうな、祖母がキッチンに引っ込んだ隙に、
お菓子を準備してる叔母に向かって暴言を吐いた。
「あんた、まだここに厄介になってるのか。仕事はどうした、あんたみたいなにバツが付いた女に売れるものなんてひとつだろう」
というふうに、耳を塞ぎたくなるような内容で、俺も俺の父も呆気にとられてしまった。

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